きみこいし

両親死別・未成年遺児のグリーフワーク体験記

期間限定「死別体験を哲学する会」
毎週土曜14:00-16:00 川崎にて開催中

きみこいし
since 2018.5.2 C. Hiro Meguro.
【告知】2018年8月17日(金)20:00
新宿Cafeラヴォア【イラスト交流会】
漫画家が教える!初心者OK!絵・イラスト好き
興味有・創作仲間作り・想いや心の中を形に・上達技術
詳しい人から話を聞いて知識を深めたり
おしゃべりを楽しむ会
申し込みはこちらから【お茶友の会
画材はコピックと色鉛筆を持っていきます。
わからないことがあれば聞いてください。
当日は宜しくお願いします!

いつまでも死別で文句たれてる人

死別後の感情を掌握するのは時間がかかる。私も以前は世の中すべてが馬鹿に見えたしこんな世界どうでもいいやと投げやりに暮らして自分の身体を壊してきた。それをやっても意味がないと気づいたのは誰かの経験を聞いて思うことがあったからなのよな。


これは死別だけに限らず「自分ばっか辛い」って文句言ってる人にもあてはまるところがあってね。そう思うぶんには感情に素直になることだからいいけど、問題は誰かに言ってしまうことでさ。相手は大体が自分の身内(家族・恋人・友人)であって。理解を求めようとするのは人の性だから仕方ないけど、それで自分の思う通りにいかないと不貞腐れるのよな。それで自分は孤独だとか、もう誰も信じないとか、あとなんだ。裏切られたとか文句付ける。


因果応報。自分で蒔いた種なんだよね。天に唾すれば自分に返ってくるし、壁に当てたボールは跳ね返ってくる。だから、こうして私の発言に苛立って言葉の暴力を浴びせる人がいてもおかしくないんだよね。私はアンタに向けて言ったつもりないってのは通用しない。本当にそうだとしてもだ、どこが相手の逆鱗に触れるかなんてわからないんだから。

 

世間をよく観察するとさ、小学生で強姦被害に逢った子、事故で身体の自由が利かなくなった子、いろいろいるよね。そういった人たちだって大変だろうさ。私は園児の頃と小学生の頃に性被害にあったけど精神タフネスだし五体満足で健康優良児だから同じ立場で語るのも悪いような気がする。誰だってしんどいって意味でここに例えをだしたけどね。


わがまま許されるのは子供の頃だけ。もういい大人だってのに自分たちが一番不幸だなんてアピールしてたら他人はどう見るかだよね。「死別したァ~哀しいよォ~うぇ~ん」馬鹿っぽく見えるんだよ。いつまで言ってんだ、ってさ。


我慢は身体に毒だから負の感情は上手に発散したいよね。今はSNSが普及してだれでも自由に発言できる機会が増えたけど、言いたいこと言って終わりじゃいけないんだよ。自分のブログなんだから言いたいこと言っていいじゃんなんて踏ん反り返る人間がいるけど、SNSは公なんだよね。Twitterでもpawooでもさ。


言いたいこと言うってのは公共の広場で全裸で歩いてるイメージ。さらけ出すのは気持ちいいよね。言いたいこと言うってスッキリするよ。でもさ、嫌なら見るなって言葉が通用しないのがSNSなんだよね。ふと検索したら引っ掛かるんだぜ?たまたまクリックしたリンク先で二次被害くらうってことスゲー多いのよな。

 

死別は孤独に苛まれるし卑屈にもなる。世の中すべてが敵に見えるし、もう誰も信用できなくなるかもしれない。そこからどうやって死別後のストレスを発散できるかで本人の環境が変わってくるんだよね。


いつまでも変わらない人は本人が盲目である証拠なのよな。何も見えていないし見ようともしないから、いつまでたっても変わらない。ある意味、そういう人と直に関係を持つと、こうなりたくないから自分は前向こうって気にもなる。反面教師だね。


いつか自分は、このブログを見返したときに「コイツ言い過ぎじゃん!」なんて思うんだろうな。そしたら過去の自分を反面教師にして反省しよう。終わる。