きみこいし

両親死別・未成年遺児のグリーフワーク体験記

期間限定「死別体験を哲学する会」
毎週土曜14:00-16:00 川崎にて開催中

きみこいし
since 2018.5.2 C. Hiro Meguro.
【告知】2018年8月17日(金)20:00
新宿Cafeラヴォア【イラスト交流会】
漫画家が教える!初心者OK!絵・イラスト好き
興味有・創作仲間作り・想いや心の中を形に・上達技術
詳しい人から話を聞いて知識を深めたり
おしゃべりを楽しむ会
申し込みはこちらから【お茶友の会
画材はコピックと色鉛筆を持っていきます。
わからないことがあれば聞いてください。
当日は宜しくお願いします!

死別の物語は感動ポルノか?

それが世間のイメージ。

「どうせ泣かせようとしてるんでしょ?」気持ちは理解できる

どこかで見たことのある話し。物語を通じて見ると、軽く見える。

 病院で寝たきりの家族に寄り添う身内。

最期は心電図がピーっと鳴って医師が臨終を告げる。

これは本当にあることだから、間違っても軽いだなんて決めつけちゃいけない。

けど、やっぱり違和感を持ってしまう死別のシーンって結構ある。

そんなんじゃないんだよ。死別はもっと辛い。なんか歯痒いコレジャナイ感。

けれど本当にお涙頂戴を狙っているのかな。無いとは言い切れないけどね。

でも全部が感動させようなんて意図がある作品ばかりじゃない。

私はグリーフワークで死別の漫画を描いている。自伝であり創作物語。

フィクションだからこそ、善良な自分と邪悪な自分とで対話できている。

いわば芸術療法。自分の気持ちを表現することで自己治療しているようなもの。

ブログに書くことでも自分の気持ちを整頓し落ちつけたりできる。

言うとスッキリする。気持ちが楽になる。

しんどさ、負の感情、このままでいてはいけない気持ち。

憤りや葛藤を伝える手段として私は漫画を描いている。

 

例えば、きみこいし第一話から抜粋するとこう。

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男A「死別したからなんだよ(中略)いつまでも甘えてんじゃねェぞォ?!」
主人公「知るかァ!!説教はもォこりごりだ!!」

 

公開日は5月2日(水) 【きみこいし】第一話「終わりの始まり」全84頁

pixiv.me

 ほい!例えと称した宣伝おわりっ。

これはどっちも本心。まさにジキルとハイド。
そんなこと思っちゃダメだ、我慢しなきゃ、でも言いたい。
どっかにそんな気持ちがある。

何より葛藤は対立の要。物語で見せるなら、もっと大げさに煽りたい。
MOTTO!MOTTO!←元ネタ知らないんだけどね。

ここまで描かなきゃ伝わらない。世間はどうしても死別に疎いから。

 

漫画は葛藤があってこそ。

キャラクターがトラブルに直面し悶々とする。

悩みを昇華したとき読んでいる側も追体験し感動する。本気で涙が出る。

だから私は死別の物語を感動したと聞くことも嫌ではない。

ただ感動することについては、少し危ないなとは思う。
物語から得た感覚が感動で終わってはいけないんじゃないだろうか。
それは死別者をないがしろにすることに繋がってしまう気がする。

死別なんてのは、本当はもっとネガティブでドス黒い感情ばかりだ。
死者に執着し、他者を羨望し、妬み、自分を恨んで世界を呪う。
「なにが感動だよ」そう突っぱねるのがあたりまえ。
死別をテーマにした感動作品は忌み嫌われる。

 

それでも物語だからハッピーエンドが気持ちいい。
終わるなら絶望よりも希望がいい。そんな作品が好きな自分もいる。

 綺麗に終わる作品、死と向き合った物語。
それは制作人が死の受容を得たからこそ書けたのかもしれない。

でも物語って賛否両論がつきものだよね。納得いかない人も当然いる。
ありきたりな展開だったり、無理やりこじつけたような話だったら共感できない。
それはもう仕方がない。

ただ、あまり攻撃的にならないでくれたらなって願いはある。
作る側って不安すっごい大きいもんで、四苦八苦してるんです。毎日。

まぁそんな見方をしてくれたら私は嬉しいです。